大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

北見簡易裁判所 昭和41年(ろ)55号 判決

被告人 景川弘道

主文

被告人に対して刑を免除する。

理由

(罪となる事実)

起訴状記載の公訴事実と同一であるからこれを引用する。

(証拠の標目)〈省略〉

(法律の適用)

被告人の所為は軽犯罪法一条三三号前段に該当する。ところでこの種事犯は訓練の足りない一般人はともすれば大した悪意もないのに無雑作にこれが違反に陥り易い点のあることは看過できないところであつて前記の証拠によれば被告人は警察官からビラを貼つているところを現認注意されて直ちにこれを剥ぎ取るという行為に出ており法益侵害の程度もまことに微々たるものであること、その他諸般の事情を綜合すると被告人に対しては将来を戒しめるだけで足り刑を科するまでもないと認めるので軽犯罪法二条によつて被告人に対して刑を免除するを相当とする。

(被告人、弁護人等の主張に対する判断)

被告人、弁護人等は当公判廷で種々主張するところであるがその内

(1)  本件起訴にかかる軽犯罪法一条三三号前段の他人の工作物に対するビラ貼り行為を禁止する規定は憲法二一条所定の表現の自由を保障した条項にふれ無効である。

(2)  本件の検挙、起訴は共産党の思想、政治活動に対する弾圧を目的とするものであるから軽犯罪法四条に照し許されない。

という趣旨に解される点について次のとおり判断を示す。

右(1) の主張について、

軽犯罪法一条三三号前段の規定によつて他人の工作物に対するビラ貼り行為を禁止する所以は他人の工作物に乱雑無秩序にビラを貼られると街の美観を損うことは勿論その工作物の所有者、管理者にとつてはまことに迷惑なことであることはいうまでもないところであるからこれを禁止し社会秩序を維持しようとすることにその目的が存するのであつて、このことは即ち民主社会における公共の福祉を保持することであつて表現の自由という基本的人権も右公共の福祉のため制限されることはやむを得ないところであり、被告人等の主張は採用できない。

右(2) の主張について、

当公判廷での証人佐藤強、同浦忠の供述によれば、同証人等が警察官として市街を警ら巡回中たまたま被告人の判示犯行の現場に来合せて検挙するに至つたもので、軽犯罪法違反に名を藉りて他の目的のために検挙するに至つたものでないことが認定できるし、又本件の起訴についても起訴するかしないか、は検察官の専権に属することであるが、この種軽微な事犯は現行犯以外なかなか捕捉困難であること、被告人に対し反省を求め、かつ一般予防的見地等を綜合して起訴するに至つたことも考え得るところであり理由なしとしないのであつて、たまたまそのビラが共産党の演説会に関するものであつたからと言つて直ちに共産党の思想、政治活動に対する弾圧を目的とすると論断することも相当でなく本件の検挙、起訴が軽犯罪法四条に照し許されないという所論は当らない。

(裁判官 大池一則)

(別紙)

起訴状

左記被告事件につき公訴を提起する。

昭和四一年一一月二九日

北見区検察庁

検察官 検事 佐藤良一 印

北見簡易裁判所 殿

一、被告人

本籍 北見市北四条西五丁目一五

住居 北見市北四条西五丁目

職業 食料品販売業

在宅 景川弘道

大正三年七月四日生

二、公訴事実

被告人は昭和四一年二月二〇日午後一〇時五五分頃北見市北三条西五丁目小柳商店前の北海道電力株式会社管理の電柱(三条幹八昭和38・7・A組)にその管理者の承諾を受けないで「日本共産党演説会日光福治、昭和41年2月22日午後6時30分北見会館二階」と記載された日光福治の写真入のビラ一枚を糊ではりつけ、もつてみだりに他人の工作物にはり札をしたものである。

三、罪名罰条

軽犯罪法違反 同法第一条第三三号

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例